バングラデシュに住民のための緩速ろ過施設が完成
 バングラデシュに緩速ろ過処理による,住民のための安全な飲み水給水システムが2004年6月に完成し,在バングラデシュ日本大使を迎え,7月12日に開通式を挙行しました。国際協力機構の資金を得て,アジアヒ素ネットワークという日本のNGOがつくったものです。

 ヒマラヤを水源とするガンジス川のデルタ地帯にあるバングラデシュでは,雨期は雨水を,乾期は河川水を直接利用していました。この水は必ずしも安全な飲み水ではなく,病原菌などで汚染されやすい水を利用しており,そのため住民は下痢をしやすかったのです。

 病原菌などに汚染されにくい水は地下水です。そこで手軽に井戸水を掘って使ってもらおうと,各国の慈善団体などが好意で手押しポンプを提供しました。この水は見た目には清澄で安全な水でしたが,低濃度であるもののヒ素に汚染されていたのです。長い間,井戸水を飲んでいたところ,皮膚ガンなどの患者がではじめました。ヒ素による慢性中毒だったのです。

 バングラデシュのヒ素汚染地帯を調査したところ,地下水はヒ素に汚染されていますが,湖沼や河川水はヒ素に汚染されていないことがわかりました。そこで,住民のために,安全な飲み水を,緩速ろ過処理でつくることを考えました。

 最初緩速ろ過処理は,単にゆっくりと流れがあれば良いと考えていました。200年前に公共水道の始まりのペーズリーろ過(第1回参照)と同様に,水が横に流れるように砂利槽をつくりました。しかし,ポンプで汲み上げて流す過程で,水がどうしても中断してしまうのです。そのために水質浄化の効率が良くありませんでした。この事に気づいた私はこのグループに,緩速ろ過は常に流れていることの重要性,藻類や微小動物の活躍が生物浄化の基本であることを助言しました。緩速ろ過処理の資料を提供し,いろいろ情報を伝えたところ,どうしても現地を見てくださいと頼まれ,2002年12月29日から2003年1月6日までのお正月休みにバングラデシュに行き,現地を見て,現地スタッフに緩速ろ過の解説をしてきました。その後,現地の水道技術者であるミジャヌール・ラーマンさんが来日し,2003年5月29日から31日の短期間ではありましたが,信州大学に来校されました。そこで,実際の緩速ろ過施設を見て,原理や現象について詳しく説明をしたのです。その後何度かメールや手紙で設計アイデアなどを交換しました。

 緩速ろ過処理でヒ素除去が可能ですが,除去したヒ素の処分に困りました。そこで,ヒ素に汚染されていない水として,大きな三日月湖の水を水道水源として利用することにしましたが,現地のスタッフの説明では,農薬などに汚染されている可能性があるとのこと。そこで,生物群集,特に動物群集の腸管を通り,普通では分解しにくい農薬などが糞塊の中で,酸素不足になり分解する現象を活用することを考えました。藻類を繁殖させ,それを餌として繁殖する動物の活躍を期待したのです。この生物群集の働きを何度も繰り返させることを考えました。また,維持管理が楽なように,上向きの粗ろ過槽を採用することにしました。この藻類による有機物生産,動物による分解を5回連続させるのです。粗ろ過槽には25ミリの小石の槽,だんだんと小石のサイズを小さくし,5ミリまでにし,粗ろ過槽の上の水深は,5〜10センチで,藻類が繁殖しやすいようにしました。最後に,通常の砂による緩速ろ過処理をし,安全な飲み水をつくることにしたのです。

粗ろ過槽の上や緩速ろ過槽の上には,糸状の藻が大量に繁殖しました。繁殖しすぎた藻は,夜間に酸素を消費しすぎるので,時々藻を取り除くことをしました。水中から肥料成分が取り除け,酸素が豊富な水になったのです。

 緩速ろ過処理後の水は,ペットボトルの水よりまろやかで,おいしい水になりました。この施設で1日15トンの飲み水ができます。一人10リットルの飲み水と炊事に使うと考え,300家族,1500人の水道需要をまかなえるようになりました。ろ過速度は1日に2.5メートルであるので,標準ろ過速度の半分です。標準ろ過速度で水をつくるなら,1日30トンができます。3つの村の中に共同水栓を62カ所もつくりました。施設建設費用の半分以上は,国際協力機構の資金で援助しましたが,残りは住民が負担するようにしました。村人の中に水委員会をつくり,施設を管理し,開栓時間を決めて,施設の維持管理をするようにしたのです。この施設は,ポンプで三日月湖の水を汲み上げるための電気代が必要でしたが,薬品は一切使っていません。検査した結果,ろ過水からは大腸菌は検出されず,安全な水でした。最後に塩素を添加するようにし,末端の給水栓で残留塩素は,0.1mg/lを維持するようにしました。完成後,施設を住民に委譲する前に再度見に来てくださいと懇請され,2004年8月末と9月末に現地へ訪れました。実際にろ過水を飲んでみて,「まろやかな,生でおいしい水」でした。

 この施設は,自然の生物群集の働きで安全な水ができ,維持管理も住民ができる施設です。世界保健機構の基準では,最後に塩素を添加することを勧めていますが,住民が維持管理をするようになると,塩素添加を続けるかどうかはわかりません。日本でも,戦前の緩速ろ過処理による水道では,最後に塩素を添加していなかったのです。塩素添加をするというのは,急速ろ過処理では病原菌除去が不完全なので必要な処理であり,生物処理には必要ない処理です。緩速ろ過処理では,生物がさらに繁殖するために有機物がほとんど消費されてしまうので,余り心配ないようです。

 バングラデシュでは,緩速ろ過処理による住民のための公共水道施設として,初めての施設になりました。これまで,緩速ろ過処理というのは「ゆっくりろ過」という名前で呼ばれていて,物理的なろ過というイメージがありましたが,本来は生物群集の働きによる水質浄化であり,前処理を含める必要がありました。そこで私はバングラデシュでこの施設のことを,単に緩速ろ過でなく,英語でEcological Purification System「エコロジカル・ピューリフィケーション・システム,生物浄化システム」という名前で呼ぶことを提案しました。こうすれば緩速ろ過処理は生物群集の活躍で,安全でおいしい飲み水ができることが理解され,誤解されないのではと思っています。

図1:バングラデシュに完成した緩速ろ過処理による浄水施設。給水塔と背後は緩速ろ過施設。給水塔には,給水槽と原水槽。三日月湖の水をポンプで原水槽に貯留し,粗ろ過と緩速ろ過処理で安全でおいしい水をつくる。
図2:粗ろ過槽と緩速ろ過槽。維持管理のために,2組をつくった。粗ろ過は,砂利から小石まで,各段階で5槽が段階的につながっている。下部から上への水が流れるようにしてある。粗ろ過槽は,時々,底にあるコックを開いて,溜まった濁りを排出するようにする。
図3:粗ろ過槽の上の水には糸状の藻が繁殖している。この藻が酸素を豊富にし,動物の餌にもなっている。
 
 
プロフィール
中本信忠教授 中本信忠教授
(NOBUTADA NAKAMOTO)
<略歴>
1965年東京都立大学理学部卒;1968年東京都立大学大学院(理学研究科)修士課程修了;1971年東京都立大学大学院(理学研究科)博士課程修了;1973年日本学術振興会奨励研究員終了;1975年信州大学助手;1981年助教授;1990年教授


<研究の概要>
緩速ろ過処理およびろ過池の生物被膜の生物群集に関する研究(ろ過閉塞と藻類繁殖,生物被膜,糸状藻類繁殖の有用性,水質浄化能,ユスリカ幼虫の捕食と藻類繁殖,藻類繁殖と水質,藻類被膜の光合成活性,有機物 除去と生物繁殖など);糸状藻類繁殖系による水質浄化の研究;河川水質の季節変化および年変化の研究;ダム湖集 水域生態系の研究;河川水中の藻類とその起源に関する研究;バイオアッセイ法による水質評価の研究
 
 
バックナンバー
続なるほど中本先生の水コラム
第1回
緩速ろ過池には鳥がくる
第2回
緩速ろ過ならクリプト汚染は心配ない
なるほど中本先生の水コラム
第1回
公共水道の始まりと繊維産業
第2回
緩速ろ過のパイオニア ジェームズ・シンプソン
第3回
モンスタースープと呼ばれたテムズ川の水
第4回
ゆっくり砂ろ過で病原菌が除けていた
第5回
ゆっくり砂ろ過の砂はどんな砂
第6回
上から下へゆっくり常に流れているのがポイント
第7回
緩速ろ過池と藻
第8回
ろ過池の藻が酸素豊富な環境にする
第9回
生物の大きさ
第10回
藻の発達と水深
第11回
生物が繁殖するろ過池では,濁りは砂層に入らない
第12回
ろ過池が緑色の藻で一杯になる
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