三原市水道部
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緩速ろ過ならクリプト汚染は心配ない
 塩素処理が必須の急速ろ過処理で,発ガン性物質ができることが1974年にアメリカで大問題になりました。欧米では安全な方法をと検討したところ,古い技術の緩速ろ過処理があることが再認識されました。1993年夏にアメリカのミルウオーキー市では,40万人の集団下痢事故がありました。原生動物のクリプトスポリジウム(クリプトと略していう)のオーシスト(卵の殻があるような休眠状態でオーシストという)が急速ろ過処理の浄水過程を通過し,最後に塩素で殺菌を試みても殺すことができませんでした。この事故で,アメリカで主流の急速ろ過処理は,細菌の大きさよりも10倍以上もある集団下痢を起こさせるオーシストを通過させてしまうことがあるということが明白になりました。アメリカでは,このクリプト事故以来,安全な方法は,緩速ろ過ということで,緩速ろ過処理の浄水場ができだしました。

 数年前,ニューヨーク州の田舎,セントラルブリッジに新しく建設された緩速ろ過処理の浄水場の見学会があり出席しました。浄水場の水源貯水池が数百メートル離れてありました。驚いたことに,その貯水池の周囲には,牛が放牧されていました(写真1)。緩速ろ過処理であるので,クリプト汚染は問題にしていませんでした。英国ロンドンのテムズ水道は緩速ろ過処理です。その貯水池の土手には羊が放牧されているのを思い出しました。緩速ろ過処理なら,家畜の糞尿が入ってきても完全に分解してしまうから,クリプト汚染については,大丈夫という自信があるのです。

 日本でも1996年6月には埼玉県越生市で,住人の7割,1万人近くが集団下痢をする事故がありました。河床の伏流水を取水していることになっています。しかし,河川が濁ると取水した水が濁ってしまう状態でした。つまり,表向きは,伏流水ですが,単に粗ろ過をして,ポンプで強引に取水していました。ポンプによる強引な取水で河床の砂礫がかき混ざり濁ってしまいました。砂礫などをかき混ぜれば,河川水中の濁り成分とほとんど同じものを取水することになります(図2)。すぐ上流にある下水処理排水が流れ込み,その排水がクリプトで汚染され,そのオーシストが急速ろ過処理過程と通過し,集団下痢になったのです。

 しかし,ゆっくりの生物ろ過では,砂層の上と砂層上部で生物が活躍します。ろ過池に入ってくる濁り物は生物の餌になり,生物が分解します。分解できない残りが砂層の中に入ります。濁り物の中味が生物により分解されるので,だんだんと変わります。砂層深部の濁り物の組成(中味)と砂層の上の濁り物の組成は異なってくるのです。微小動物のエサになるものが完全に分解してしまうので,例え少しでも濁り物があっても,それは完全に分解した残りは無機的な濁りになります。だから,緩速ろ過処理なら病原菌などがほとんどいなくなるので安心なのです(図3:11回の図を再掲しました)。

 急速ろ過処理なら,入ってくる濁り物の組成と,出てくる急速ろ過池から通過してくる濁り物の組成がほとんど同じなので,濁度をできるだけ少なくし,さらに塩素で細菌を殺さなくてはいけなかったのです。

 山の森林の地上には落ち葉などを分解する動物がいて,顕微鏡でみないといけないような生物もいます。山の清水が清澄なのは,土壌が発達すればいろいろな生物が働いて分解してしまうからで,清澄で生物もいない水になるのです。緩速ろ過処理は,単にゆっくり砂ろ過でなく,あらゆる生物が安心して活躍する生物浄化なのです。

図1:アメリカ,セントラルブリッジの緩速ろ過処理による浄水場用の水源池の周囲には牛が放牧されています。緩速ろ過処理なら,クリプト汚染は気にしていません。
図2:かき混ぜれば,濁り物が通過してしまいます。急速ろ過処理は,急速ろ過池が直ぐにつまるので,逆洗浄といい下方から上へと詰まった濁りを押し上げることが必須で,この作業を頻繁に繰り返しました。そのために,濁り物がどうしても通過してしまいます。流入する濁り成分と通過する濁り成分がほとんど同じで,何でも通過してしまうのは急速ろ過処理でした。
図3:生物が活躍する生物による浄化が緩速ろ過です。濁りの成分は,生物により分解するので,下層に行くほど,有機物が少なくなります。もちろんクリプトも生物の餌ですから,完全に分解してしまいます。しかし,かき混ぜればダメです。そっと自然にまかせ,あらゆる生物が活躍できるようにするのがコツです(第11回の図を再掲しました)。
プロフィール
中本信忠教授 中本信忠教授
(NOBUTADA NAKAMOTO)
<略歴>
1965年東京都立大学理学部卒;1968年東京都立大学大学院(理学研究科)修士課程修了;1971年東京都立大学大学院(理学研究科)博士課程修了;1973年日本学術振興会奨励研究員終了;1975年信州大学助手;1981年助教授;1990年教授


<研究の概要>
緩速ろ過処理およびろ過池の生物被膜の生物群集に関する研究(ろ過閉塞と藻類繁殖,生物被膜,糸状藻類繁殖の有用性,水質浄化能,ユスリカ幼虫の捕食と藻類繁殖,藻類繁殖と水質,藻類被膜の光合成活性,有機物 除去と生物繁殖など);糸状藻類繁殖系による水質浄化の研究;河川水質の季節変化および年変化の研究;ダム湖集 水域生態系の研究;河川水中の藻類とその起源に関する研究;バイオアッセイ法による水質評価の研究
バックナンバー
続なるほど中本先生の水コラム
第1回
緩速ろ過池には鳥がくる
なるほど中本先生の水コラム
第1回
公共水道の始まりと繊維産業
第2回
緩速ろ過のパイオニア ジェームズ・シンプソン
第3回
モンスタースープと呼ばれたテムズ川の水
第4回
ゆっくり砂ろ過で病原菌が除けていた
第5回
ゆっくり砂ろ過の砂はどんな砂
第6回
上から下へゆっくり常に流れているのがポイント
第7回
緩速ろ過池と藻
第8回
ろ過池の藻が酸素豊富な環境にする
第9回
生物の大きさ
第10回
藻の発達と水深
第11回
生物が繁殖するろ過池では,濁りは砂層に入らない
第12回
ろ過池が緑色の藻で一杯になる
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